★ひとりごと 2017.11.30.

◆心眼塾 IN 徳山(山口)
11月26日に、徳山でワンデー「心眼塾」を行いました。
今年の夏に郷里の尾道で「還暦・同窓会」をやり、その時に「夢」を追いかけている友人を応援することを決めました。
その内の一人とコラボをして、今回のワンデー「心眼塾」が実現しました。
この「心眼塾」は、私が主催している塾で、「心の眼」で考え、聴き、話し、幸せの考え方を身に着けるワークです。
私は『幸せの入り口屋・当主』として、一人でも多くの人に「幸せの入り口」を見つけていただきたいと考え、全国に「幸せの入り口思考」を、広げる夢があります。

今回の徳山のワンデー「心眼塾」は、まさにその第一歩です。
素敵な、素敵な9人の方に受けていただきましたが、どなたも良い笑顔で帰って行かれたと聞き、とても嬉しかったです。
これで9人の人に「幸せの入り口思考」を、お伝え出来ました。
先は長いですが、確実に夢に向かって動き始め、私が先ず「幸せの入り口」に達ことが出来、とっても幸せな一日でした。 にこっ!

 
     



     
 
★ひとりごと 2017.10.31.

◆背水の陣
今、未知の大きな夢に向かって挑戦しています。

今年の8月28日に、私がとても尊敬し、助けていただいている経営者のY社長から連絡がありました。
大阪の上本町にある「大阪国際交流センター」で、来年の3月17日(土)に、「亀ちゃんの講演会」を開こうというものでした。
収容人数は200名の会場です。
Y社長が「亀ちゃんの話を、沢山の人に聞いて欲しいのと、これを機会に、講演活動をスタートして欲しい」と、いう思いを聞かせてくださいました。
思い掛けないお話に、大きな驚きと、大きな感動でした。

しばらくして9月21日に、私の大切な仲間が集まり、講演会プロジェクトの第1回目の会議を開いてくれました。
その席上「この講演会のタイトルは何にするぅ?」と、聞かれたので、最初は「決して 決して あきらめないで あなたの夢を」と、伝えたのですが、すぐに変更をお願いしました。
「この前、宮崎に行って“みやざき中央新聞”の社長ご夫妻とお話した時に『私は今の還暦の年に、本を出版したい夢があるんです。 タイトルは“幸せの入り口屋”というタイトルなんです』と、話すと、松田社長が『それに“いらっしゃいませ”を付けたら良いですね』と言ってもらったんです。 だから、今回の講演会のタイトルも“幸せの入り口屋 いらっしゃいませ”にしたいのです」と、私が言いました。

するとY社長が「その本は、いつ出版するの?」と、尋ねてくれたので、私が「一応誕生日の3月14日までに出したいのですが…」と言いました。
すぐにY社長が「それなら、この講演会を“本の出版記念講演”にしたらどう?」と、聞いてくれ、その場のみんなも「それがいいっ!」ということになり、私も「じゃあ、頑張って書きますっ!」と覚悟を決め、9月23日から本を書き始めました。

先月、ブログで書いたように宮崎の中学で講演をやらせていただき、生徒の皆さんの感想文に心を打たれました。
そして「これが私の使命かも…。 社会のために出来ることが有った。私の体験談や、考えた事が、少しでも人のお役に立てたら嬉しい」の思いが、大きく心に広がりました。
今回の本は、まさにその思いの象徴です。

「一生のうちに、私が生きた証として『1冊の本』を、出してみたい」の夢に今、本気で向き合っています。
実際に出版出来るか、どうかは神様にお任せですが、どちらにしろ私は「背水の陣」で頑張るしかありません。
昔「何かをやり遂げたければ、一番好きなものを絶つこと」と聞いたことがあったので、今、一番大好きな「お酒」を絶って、執筆に励んでいます。

こんな未知の世界への挑戦は、初めてのことです。
こんなに長い「禁酒生活」も初めてのことです。  ニコッ!

 
     



     
 
★ひとりごと 2017.09.30.

◆みやざき中央新聞から始まって
6月に(2017.06.30のブログ)、「みやざき中央新聞」に私の講演の話が掲載されたことを書きました。
今回はその続編です。

「みやざき中央新聞」のスタッフの皆さんは、実に親切で、お仕事が丁寧です。
私が購読を申し込んだ時も、掲載される時も、いつも感動の対応ばかりでした。
例えば、私の記事を編集してくださったSさんは、私への手紙を録音し「音声のCD」として送って来てくださいました。
また、掲載された新聞は毎回20部ずつ自宅に送り届けてくれていたのですが、最終回の時は、松田くるみ社長直々の毛筆によるお手紙をいただきました。
同封されていた名刺のアドレスにメールでお礼を送ると、すぐに返信がありました。
「何て丁寧な方なんだろう…」と思い、インターネットで「松田くるみ」さんを検索してみたら、書籍を出版されていることが分りました。
以下、本の紹介文です。

タイトル なぜ、宮崎の小さな新聞が世界中で読まれているのか
著者名 松田 くるみ著
内容
なぜ、一人で『みやざき中央新聞』の飛び込み営業を始めることになったのか。そして、今の『みやざき中央新聞』がどのように形作られてきたのか。宮崎中央新聞社社長が、20余年の歩みを振り返る。
出版者と出版年月 ごま書房新社 2014年5月

私はこれを読み、とても感動し、「是非、会っていただきたい」と、お願いのメールを送りました。
すると、数日して「是非、来てください。 でも、ただ会うだけではもったいないので、近くの中学校で講演をしてもらえませんか?」とのお返事をいただき、喜んで行くことにしました。
それで9月7日、伊丹空港から始発の飛行機で、宮崎に飛びました。

宮崎空港に着くと、松田社長が迎えに来てくださっていて、「みやざき中央新聞」のオフィスに寄せてもらいました。
行くと、11名のスタッフの皆さん全員が歓迎をしてくださいました。
皆さんと名刺交換をしたのですが、何と全員の方の名刺に「点字」が書かれてあるではないですか…。
私を迎えるに当たり、皆さんが「どうやって迎えるか」を考えてくださったそうです。
それで、点字の名刺を手作りで用意してくださったと聞き、泣きそうになりました。
それから私への質問を、皆さんが用意してくださっていて、とても和やかで楽しい時間になりました。
(その時の様子が、みやざき中央新聞のホームページに出ているそうです。)

その後、講演をする大宮中学に社長ご夫妻(ご主人様が、感動の本を沢山出版されている水谷もりひろ編集長)と、私の新聞掲載の時、編集をしてくださったSさんと車で向かいました。
外は、しとしと雨が降っている午前です。
車中、編集長が「これから行く学校の校長先生は、とても情熱のある方で、熱い方です」と教えてくれました。
校門が見えて来た時、編集長が「あっ!校長先生が迎えに出てくださってるっ!」と、大きな声を上げられました。
雨の中傘を差して、迎えに出てくださっていました。
私はそれを聞き、胸が熱くなりました。

学校の校舎に入ると、くるみ社長が「歓迎 西亀様」と貼り出してありますよと教えてくださり、またまた胸が熱くなりました。
校長室でお話を伺うと、「全校生徒に西亀さんの新聞の記事を紹介し、楽しみにお待ちしていました」とのことでした。
またまた、感動の私です。

生徒の皆さん(510名)が待つ体育館に入りました。
シーンととても厳粛な雰囲気で、私の緊張も一気に上がりました。

いよいよ講演に入り、50分のお話をしました。
先ずは夏休みが終わった皆さんに対して、私が盲学校の時に「8月31日に、あー明日からが夏休みだったら、オレ頑張るのになぁ」と、2年連続で後悔をした話をし、そして、3年目には「夏休みの初日に“あー、明日から夏休みだったらなぁ”と、考え、気持ちを未来に飛ばし、戻って来て、やり直しの気持ちで日々を送りました。
すると、その年の最終日には後悔がありませんでした」というお話をしました。
次に、「人生はパズルで、一つ一つの出会いや、仕事や趣味が大切なピースで、埋めて行き、人生のパズルを作ります。
神様から来るピースは、自分にとって良いピースばかりではありません。
中には受け取りたくないピースもやって来ます。
私も「目が見えなくなる」というピースを受け取る時は時間も掛かりました。
でも、そのピースを埋めなければ、人生が前に進みません。
いやでも何でも、そのピースを埋めることで、次の新しい出会いや、考え方、幸せのピースがはめられるのです」と、話しました。
そして、その後に「日本全国47都道府県と、ニューヨークへの一人旅」の話をしました。
生徒さん達は、実に静かに、真剣に聞いてくれました。
体育館から退場する際は、出口を出るまで皆さんが長い時間、拍手で送ってくれ、ウルウル来てしまいました。
校長先生からも、大変喜んでいただき、大きな感動の気持ちで学校を後にしました。

そして、先日。
校長先生から、郵便物が届きました。
中には、校長先生のご丁寧な手紙と、一つのファイルが入っていました。
友人のMさんに見てもらうと、50人分の生徒さんの感想文です。
Mさんが教えてくれました。
「この記入用紙、特製の用紙で右下に西亀さんの顔写真が入っているよ。 生徒さんはこの顔を見ながら書いてくれたのね」と…。
そして、一人目の感想文を読んでもらい、私は我慢出来ずに泣き出してしまいました。
それで、その場で校長先生にお礼の電話をしました。
すると校長先生が「西亀さん、実はあの後、生徒が校長室になだれ込んで来て、良かった、良かったと言ってくれたんです。 普段は来ないよく悪さをする生徒も混じっていて、“先生、オレもう悪いこと辞めるワ”と言ってくれる子もいたんです」と、話してくださいました。
私は感動しながら、「生徒が保健室に集まるのはよくありますが、校長室に集まる学校って、何て素敵な学校なんでしょう。」とお伝えしました。

その後、別の友人が、その感想文を全部パソコンに入力してくれたので、私も読むことが出来たのですが、どの文章も文章も心のこもった感動の文ばかりで、何度も泣かされました…。

生徒の皆さんの反応を知り、私のこれからの人生の「使命」が見えたような気がします。
一通の手紙から生まれた、素敵な出来事です。
くるみ社長がおっしゃいました。
「私は掲載させていただいた方には、毎回お手紙を書いています。 お礼のお手紙をいただくこともあります。 でも、私の本を読んでくださり、会いに来てくださる方はありませんでした」と。
今回、勇気を出して宮崎に行き、本当に良かったです。 ニコッ!

 
     



     
 
★ひとりごと 2017.09.07.

◆まだまだ出来ること
私が盲学校に通っていた時、Sちゃんに出会いました。
(Sちゃんのことは、2009.02.22のブログに書いています)
糖尿病が元で網膜症になり、視力を失った上、当時から週に3回の人工透析を受けながら頑張っている、私より7歳年下の男性です。
Sちゃんとは盲学校を卒業してからも、メールの年賀状でやり取りをしています。

先月の最初に珍しく電話が掛って来たので、「どうしたぁ?」と私が尋ねると、「持病の糖尿病が悪くなり、左足の膝から下を切断し、今、入院をしている」とのことでした。
私が驚いて話を聞いてみると、「目は片方は完全に見えなくなったし、片方の足も失って、白杖を持っても歩けなくなり落ち込んでしまって…。 それで、最近ようやく亀さんに聴いてもらおうかなという気持ちになれたので、電話をしたの」とのことでした。
お互い話しているうちに、涙で声が詰まってしまいました。

大急ぎでガイドヘルパーさんを頼み、お見舞いに行きました。
Sちゃんは今後の退院してからのことや、車いすの手続きのことなどがとても心配そうでした。
それでも「母も80歳を超えていて、区役所などの手続きも大変だろうし…」と、お母さんへの気遣いの気持ちと、もどかしさや、不安な気持ちを聞かせてくれました。
「お父さんも、ご心配されてるやろうね…」と私が聞くと、「父は、『命が有るだけで良いから』と言ってくれている」と、目に涙を貯めて教えてくれました。

私がSちゃんに言いました。
「私は一人では何も出来ないかも知れないけど、私の勉強仲間が沢山いるから、出来るか出来ないかは分からないけど、取りあえず何でも相談してね」と言って別れました。

その夜に私が勉強している「人持ち人生塾」の友達に、Sちゃんのことを書き「どなたか私と一緒にお見舞いに行き、車イスを押したり、買い物の手伝いをして助けてくださる方は、ありませんか?」と、一斉メールを送りました。
すると、次の日までに次々「出来ることをするよ」、「協力するよ」と、嬉しいメールが12件も来ました。
孤独は辛いです。 一人で悩んでいると、気持ちが沈みます。
皆さんの優しさと、応援が、とても嬉しくて、涙が出ました。
次の日、Sちゃんにそのことで連絡をしました。
電話の向こうでSちゃんも声を詰まらせ、泣いていました…。

早速、第一弾は4人で病院に行き、一人が車イスを押し、一人が私を手引きし、もう一人がドアーを開けたり荷物を持ったりしながら、みんなで外出をしました。
区役所の手続きをしたり、電気屋さんで扇風機を買うなど、次々と用事をこなしました。
久しぶりに外の空気に触れ、良い気分転換になったと喜んでもらえました。

前に電話で「何かして欲しいことは無い?」と、尋ねたら「将来義足を付けることになるけど、どんなことになるのか不安なので、もし義足を経験した人の話が聞けたらありがたい」とリクエストがありました。
それをみんなに投げかけていたら、Tちゃんから「知り合いに義足ユーザーのKさんが居るから頼んでみるね」と、すぐに会える段取りを組んでくれました。
昨日はその3人でお見舞いに行きました。
私もKさんとは初対面でしたが、とても素敵な50歳代の女性で、大変な大事故も笑い飛ばしてしまうほどの強い方です。

末ちゃんとの対面は、とても感動的でした。
「不安が募り、何かにすがり着きたいSちゃん」と、「その域を乗り越えたKさん」のお二人…。
Sちゃんが心の内を開き、Kさんがそれに答える中、Kさんが「将来、義足で歩けるようになった時、今の不安は消えていますよ…」と、元気づけてくれました。
やっぱり実体験のお話には力があります。
Kさんと別れてから、Sちゃんが自分に言い聞かせるように何度もつぶやいていました。
「習うより、慣れろなんですねぇ…」と。
Sちゃんにも一筋の光が見えたようです。

夜にそれぞれがメールを書く中、Kさんから、その日のみんなに宛ててメールが届きました。
「今まで事故のことを考えないようにしていました。 今回のことがきっかけで、これまでの自分と向き合うことが出来ました」と、逆にお礼の言葉が書かれていました。
Kさんにとっても、良い時間になったみたいで、良かったです。

「目が見えないから」や、「もう歳だから」や、「○○が無いから」など、とかく言い訳を考える私ですが、今回のことで「一人では出来なくても、誰かと組めば、出来る可能性は大きく広がる」ことを、実感出来ました。
可能性は無限です。
まだまだ、やれそうです。
Sちゃんも、私も、まだまだ、まだまだ一杯楽しめそうです。  ニコッ!
「幸せの入り口屋」 亀ちゃん

 
     



     
 
★ひとりごと 2017.07.29.

◆同窓会
7月16日の日曜日、郷里の尾道で高校の時の『3年8組・クラス同窓会』が開かれました。
卒業して42年の月日が流れ、還暦を記念しての開催で、前に行われた時からは37年ぶりで、16人が集まりました。
会えば、一瞬にしてあの当時に戻り、とても楽しい時間でした。

皆、色々な出来事を乗り越えながら、それぞれの人生を歩んでいることを聞かせてくれました。
私も目が見えなくなったことや、今の夢の話などを聞いてもらいました。
それで思ったことは、皆同じ60歳なのですが、未来の夢や希望の話をしてくれた人は、皆どことなく輝いていました。

昔、アメリカで行われたある長期的な研究の話を聞きました。
40歳の人を集め、質問をしたそうです。
A・「もう40歳」と思うか?
B・「まだ、40歳」と思うか?の質問です。
それから、何十年も掛けて「何歳まで生きたか」の追跡調査をしたそうです。

何となく思うのは、Bの「まだ40歳」の方が、長生きをしただろうなと想像出来ます。
実際に、何年くらい長生きをしたかを調査したら、数年ではなく、10数年単位で差が出たそうです。

私が思うに、過去を見て生きている人は「もう40歳」タイプで、未来を見て生きている人は「まだ、40歳」と思うタイプのような気がします。

私は、もちろん「まだ、60歳」で、これからも更に素晴らしい人生になると信じています。
次の再会が楽しみです。  ニコッ!

 
     



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